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りりママ
30代0歳児のママ。

超低出生体重児を出産したことをきっかけにブログを開設しました。
おもに心の内を綴っています。

日本の女性は頑張りすぎなのではないか?と常々思っており、そのような思いから、
寄り添えるようなブログを目指しています。

テーマは随時募集しております。
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子育て中の孤独と幸せについて赤裸々に書いてみた。


私の息子は所謂リトルベビーで、677gで誕生しています。

現在、修正月齢5か月ほどで、

育児が始まったばかりのころは、不安やもやもやが多い日々を過ごしていましたが、

今はとても楽しく、毎日の生活を送れていると思います。

今回は、私の「気持ち」にフォーカスして、

息子を育てていく中での、心理面での変化などを綴っていきたいと思います。


ちなみに、いつか育児日記を書くときは、リトルベビーならではのことについて書こうと思っていました。

でもそれを辞めて、リトルベビーだからこそ、という「外来治療や通院にフォーカスした内容」ではなく、
育休中に感じたもやもやや、孤独、そして幸せについて、
胸の内を赤裸々に書きたいと思いました。

正直、息子の生誕に至るまで、退院するまでは本当に辛かったし大変だったので、
同じような方からDMをいただくことも多く、その方たちに向けて、書いてみたかったからです。

でも約半年育ててみて、

リトルベビーだから大変だった、幸せだった、というよりは、

「赤ちゃん」という、
脆く、そして、愛おしく、でもやはり育てるのはとても大変な存在を、
育てていくことの大変さと、大きな幸せ、

そして、何より自分の心の変化(これは良い変化でした)を私なりに感じました。

それはどのお母さんもみんな一緒だと思ったので、私の胸の内を赤裸々に書いてみます。


文章を書いているのは単純に大好きだからなのですが、
そんな私の文章がどなたかの目にとまって、
単純に読んでいて楽しいと思えたり、
共感するなと思ってもらえたらとても嬉しいです。

※私は育児について何も分からないひよっこレベルだと感じていますので、
 一日のタイムスケジュールはこれがいいよ、
 こうするといいよ、みたいなアドバイス的な日記要素は一切ありません。
 そうではなく、自分の気持ちにフォーカスをあてて書いています。

目次

母の偉大さと睡眠の大切さを痛感する2か月

退院初日は一睡もできなかった。

私の息子は、9月初旬に退院をしてきました。

息子は約4か月と少し、入院をして、人工呼吸器から始まり、
数々の試練を乗り越えて退院してきれくれました。


みんなに祝福もしてもらい、
さあ頑張るぞ、と思った初日。

いきなり心が折れかけました。

なぜなら、まっったく眠れなかったのです。

常にNICUでモニターをつけていた息子。

呼吸の状態を確認していました。

それがない状態が、心配でならなかったのです。

『いま、呼吸安定してるのかな・・?そもそも息できてる?』

『ふにゃふにゃ言ってるけど大丈夫?』

・・・初日はこんな状態で一睡もできませんでした。


『え、こんな状態で大丈夫かな?今後もこれなら私死んでしまう』

そのとき里帰りをしていたのですが、母に、
「こんなに最初から頑張っていたら倒れるからもっと気を抜きなさい。」

と言われましたが、

育児が初めての私。
そして息子は超低出生体重児。

このときはすごく身構えていて、

とてもじゃないけど気が抜けない。そう思っていました。

細切れ睡眠ができない


とまあこんな感じで初日を終えたのですが、

この「呼吸が不安」という状態は数日続きました。

ただ、人の慣れというものはすごいもので、

息子が呼吸困難になることがないとわかると、

そもそも病院側も呼吸状態が安定しているから返してくれたんだな、と思い、

それが理由で眠れないことはありませんでした。


ですが私はこの時期、かなり辛い状態にありました。

それは、「細切れ睡眠」がそもそもできないこと。

この時期の息子は、2~2.5時間おきにミルクを欲しがっていました。

よって、深夜帯に、少しでも細切れでも良いので眠ることが大切だと思うのですが、

私の場合はそれが全くできませんでした。

できるタイプの人がいるのかはそもそもわからないのですが、

「1時間だけ、2時間だけちょっと寝る」とか、

そういったことができればどんなに楽だろうと思いました。

ということで、全く眠れないまま朝を迎えて、

5時代から家族にバトンタッチする、というようなことが続き、

この時の私の欲求は全て、

「寝たい、とにかく寝たい」に集約されました(笑)

家族とシフト制にする

とまあこんな感じで常時寝不足になっていたため、

2週間くらいし出してから、だんだんと緊張感も切れてきたこともあり、

疲労感が増してきました。

プラスして、ネガティブな感情が自分を渦巻くことが多くなってきました。

『あんなに待ち望んでいたのに、今は寝たい以外の感情が沸き起こってこない』

といった感じでした。

これは、自分が最も避けたかったことでした。

ネガティブな状態で子育てをしたくなかったのです。

それは、子供を持とうと思ったときに、自分が思っていたことであり、
(今は、子供を持たない選択肢もあるので、子供を持つからには、ネガティブな感情ばかりで育てたくなかったのです)

長期入院を頑張ってくれた息子に対しても、できるだけ(もちろん全部とは言わず)ポジティブな気持ちで育てたかったのです。


ここで、家族の力を借りることにしました。

私は本当に恵まれていたんだと思います。

シフト制にしてもらい、

4時まで私がやったら、4時から交代してもらう、といった感じで、

その後のいわゆる新生児時期から生後3か月くらいあまで(息子の場合でいうと修正1か月~3か月頃まで)
を過ごしました。


ただ一つ言えることは、

それでも辛かったということです。

こんなに恵まれているのにもかかわらず。

深夜12時から3時くらいの、通常であれば寝ているべき時間に寝ていない、

長年蓄積されている生活リズムとは違うことをする、

というのがこんなに負荷がかかるとは思ってもいませんでした。

世のお母さんみんなを尊敬した瞬間でした。

みんな多かれ少なかれ、これをやって大きく育てている、

と思うと、月並みな言葉になってしまいますがそう感動せざるを得ませんでした。

深夜タイムを映画やラジオで楽しく

こんな感じで基本的にこの時期は、体力的にきつい時期だと思うのですが、

ずっと嫌々深夜を迎えるのは嫌になっていたので、

退院してから2週間後くらいから、

逆に深夜帯の時間を充実させることにしました。

とはいっても、息子を基本的にずっと抱っこしていたので、

できることは限られています。

私の場合は、

昔すきだった懐かしい音楽(古い洋楽だったり 例えばカーペンターズ)をかけてみたり、

小さい音でラジオを聞きながら、寝かしつけをしていました。

息子は、ずっとピコピコ機械音が鳴るところで生活をしていたので、

音がある方が眠ってくれました。

抱っこをしているので、

このように大したことはできないのですが、

ラジオで小説などを聴いたり、人のおしゃべりを聴くのはとても楽しかったですし、

少ないもので、人は十分豊かになれるんだなということを改めて気づかせてくれた時間だったりしました。

思えば私が息子がお腹にいるときに3か月ほど絶対安静で入院していたのですが、

そのときも随分とラジオには助けられました。

逆にスマホだと、いろんな情報が目に入ってきてしまうので、(そして弱い私はそれに左右される)

誰も傷つけない、そして、日常のちょっと楽しい、を共有してくれるラジオが大好きでした。


そのほかにも、映画やドラマを見たり、本を読んだりしていました。

細切れ睡眠ができないのなら、もうその時間を楽しんでしまおう、と思ったのです。

Xをご覧になってくださっている方ならお分かりかと思うのですが、私はお茶が何よりもの趣味なので((笑))、

ノンカフェインのお茶と一緒に読書や映画鑑賞をしながら過ごすことを、この時期は楽しんでいました。

需要があるかどうかは全く分からないのですが、

素敵な作品にたくさん出会いましたので、共有させていただきます。

何度も見ている大好きな作品も改めて見返したりしていました。

○観ていておもしろかった映画

・かもめ食堂

・パンとスープと猫日和

・ホリデイ

・あの子は貴族

○読んでいて面白かった本

・星を編む 凪良ゆう

・スイート・ホーム 原田マハ

・Lily-日々のカケラ- 石田ゆりこ


自分の人生に集中しづらい現代


ここからは、息子を育てていく中での「内面の変化」について書いていきたいと思います。

冒頭で述べたように、私は今、とても楽しく過ごしていると思います。

人生で初めて、自分に嘘をつかずに、生きることができているかもしれません。

これは、息子が誕生してくれたからだと思います。

ただ、こうなるまでに葛藤があったので、赤裸々に、綴っていきたいと思います。

他の人の「生活」、情報がひっきりなしに入ってくる


先ほどのような感じで、所謂最もきついと言われる3か月を過ごしました。

きついこともたくさんあったけれど、

楽しいことや、愛しいと思う瞬間もたくさんありました。


私の場合、死産を宣告されていたので、息子が生きているだけでうれしいと感じることすらたくさんあります。

笑いかけた(ように見えた)ときには、

抱きしめてうれし涙を流したことも実は何回かありました。


そんな感じで、大変ながらも、愛おしい時間を過ごしてはいたのですが、

「育休」という恵まれた制度のもと、

初めて仕事を長期的に休んでみて、育児というものだけをやってみて、

感じることがありました。

それは、「現代は自分の人生に集中するのが意外と難しい」ということ。


常に人がどうしているか?何を考えているのか?
ということが目に入ってくる時代です。

「社会」という枠組みから一歩距離を置いて、

俯瞰してみて、改めて気づきました。

身近な人だけではなく、どこのだれかも分からない、会ったことのない方の情報までも、

日々目に留まります。



そんな状態だから、

自分の考えや、やりたいこと、に集中するのが難しくなってきていると感じます。

すごく勿体ないし、不思議だなあと思います。


昔よりずっと便利になったし、便利な情報で溢れている。

ネットを覗けば、ほしかった「正解」が常にそこにあります。

※離乳食の作り方などという小さなことから、キャリアはこれがいいよ!なんていう大きなものまで


昔より、よっぽど、快適に、便利に生きることができそうに思います。


なのに意外とそんなに単純じゃない。


自分の幼少期、青年期(スマホはありませんでした)よりも、

ずっと生きづらく感じるし、

物事が複雑になったように見えます。


それは、私が歳を重ねて、

以前よりも取り巻く環境が複雑に変化したからだけではないと感じています。

自分がしたいことがわからなくなる現代


「できることなら楽しく生きたいし、幸せになりたい」

誰しもがこう思っているのではないかと思います。


だけど、他人の生活が常に見えてしまう現代だから、

自分がとった選択や、自分自身の考えに自身がもてなくなってしまう。


『これは自分にとっていいことなのかな・・?』

『これは私にとっての幸せにつながる・・?』

『○○ちゃんの状況の方が私より恵まれているように見えてしまう、あっちを選択すればよかった』

日ごろからそんな風に思わないように気を付けていても、思ったりしてしまう。

そんなふうにして、

いちいち立ち止まってしまう。


そして人は、自分の選択肢に自信を持つことがますます難しくなって、

共感してくれる人を求めてSNSで発信してみたりするのかなと思います。


何だか他人事みたいに書いているけれど、私もそんな一人だったりします。


そもそも、そんな一人だから、

こんなふうに生生しく書けてしまったりするんだと思います。


ちなみに、もともとは、私はそこまで人のことが気にならないタイプです。

※というより、「気にできない」と言った方が近いかもしれません。空気が読めないなと思うことも、自分であります。そして、言われます(笑)

そんな良い意味でも悪い意味でもマイペースな私でさえ、

以前のように毎日「社会」とのつながりを感じているわけではない分、余計に、
社会とのつながりを求めてなのか、

特に魔の2か月と言われる期間が過ぎるまでは、

SNSを頻繁に見ては、
キャリアなどについて、悶々と考えてしまうことがありました。


普段は気にしないように努めているけど、
睡眠不足だったり、育児が辛くなってくると、他の人の状況がうらやましくなってくる、
そんな感じです。


私の場合は、今回、生死の境目をたくさん見てきたことで、

そして、命の重要さを痛感したことで、

自分が今後どう生きていきたいか?

を入院中ずっと考えていたので、

他の人の生活を見ては、自分の今後について、悩み、方向性について迷っていました。

具体的には、どんな仕事をしていくか、どんな働き方をしていくか、

子供が何人ほしいか、などです。

今考えると、答えがでないものばかりですね。

子育てをしてからのポジティブな変化

平凡な毎日に感謝する


そんな、なんだか、自分の今後に対して、もやもやするような状況が続いていたのを打破してくれたのは、

息子の存在と、

なんとなく、日々を過ごしている中で気づいたことがきっかけでした。


私はおうちで過ごすことがだいすきなのですが、

赤ちゃんとふたりきりで、夫が帰ってくる夜遅くまで過ごすことは、自分の精神衛生上あまりよくなかったので、

息子が外に出かけられるようになってからは、近所をお散歩することが多くなりました。

まず、私が癒されたのは自然です。

これまで、自分がいかにパソコンと本(しかも資格の本だったりあまり面白くないもの)ばかり見ていたのかを

痛感しました。

落ち葉はこんなふうになっている、

葉はこんなふうに色づく。

そんなことを全く知らずに、見ようともせずに生きてきたことに気づきました。


その時思ったのは、なんて穏やかで幸せな時間なんだろうということです。

綺麗な景色を、助からないと思っていた(そしてそう言われていた)息子と一緒に歩きながら見れることは、

きっとこの上ない幸せなんだろうと感じました。

今もその繰り返しで、

収入や、自分のキャリアや、失ったものを考えて欲張りになることがありますが、

その度に、何気ない日常を過ごせるありがたみを感じます。




悲観的になることはもうないのですが、

入院中、死産を宣告されて、新生児の声が響き渡る院内で、

声を押し殺して泣いていたことをたまに思い出します。

一生分泣いたなあと何だか遠い昔のようにぼんやり思い出すのですが、

そのときの悲しみ、そして、息子の体調が安定するまでの不安を思えば、

自分が今過ごせている少し大変だけれど平凡な日常はなんて幸せなのだろうと思うんですね。

自由な時間は圧倒的に減ったけど、精神的な充実。この上ない、何者にも代え難い幸福感。


自分も息子も長期入院をしたことに対して、良かったと思ったことは一度もないですが、

私は元々本当に欲張りで、当たり前に感謝したことがこれまでほとんどなかったので、

辛い試練を与えられて、当たり前に感謝できる心と、母親になる準備期間をもらったのだと、そう思います。


今、夜泣きなどが辛いことももちろんたくさんありますし、

最後に熟睡できた日はいつだろう?と思う中でも

メンタルが壊れることなく育児ができているのは、私の精神力が元々強いのではなく、

あの時生死をさまよいながら頑張ってくれた息子がいたからです。

そのおかげで、「目の前の生活に感謝する」「足るを知る」「誰かのために頑張る」

といった、今まで自分ができなかったことが段々とできるようになり、

子育てを経て少しずつ自分も成長できているような、気が少しだけですがしています。

息子と一緒に自分の「好き」を探しに行く


小見出しになってしまいましたが、

実は一番自分が書きたかったのはここです。


私は、子育てをする過程で、自分が元々好きだったものを、どんどん取り戻せている気がしています。

ここが、子供を育てていて、一番面白く、そして、自分にとって良い変化でした。


息子を育てている中で、

段々と何かに反応してくれることが増えてきました。

まだ本当に、絵本や、音楽に少し反応するくらいですが、

そうすると、「あれ、自分の好きなものは何だったかな?」と思うことが増えたのです。

母親に、「私が小さいころ好きだったものは何?」と質問する機会も増えました。


私がその中で気づいたのは、「いかに自分の心の声を聞かずに生きてきたか」「自分の好きに正直に生きてこなかったか」

ということです。

私は小さいころから、本が大好きな子供でした。

また、絵を見ることや、音楽を聴くこともだいすきでした。

転勤族かつ内向的な性格故、地方各地で胸の内を打ち明けることのできる友達はできませんでした。

そのため、一人で読書をしたり、音楽を聴いていることが多かったのです。


高校生までの自分の夢は小説家になることでした。


ただ、大学入試の際に、どうしても行きたかった文学部に落ちてしまったのですが、

その際に、両親や周りの大人から、

「文学では食べていけないから、もっと経済のことを勉強しなさい。」

と強く勧めてもらい、

経済学を専攻して、自分なりに勉強しました。


社会人になってからは、職場環境との不適合で鬱病を発症したり、

その後のキャリアを立て直すのに必死で、資格の勉強や、ビジネス書ばかり読んでいたんです。

でも結論、それは私を本当の意味では幸せにしてくれませんでした。

※自活できるくらいお金を稼げるようになることは良いことですが、
 いつも、自分が本当にしたいことはこれなんだろうか?という疑問が沸き起こりました。


そんな中で息子が生まれ、

息子に自分の好きな絵本を読んでいるとき、

また、自分がかつて好きだった美術館に息子と足を運んだ時、

『ああ、これ、すごくすきだった!』

そんな感覚が蘇ってきたんですね。


そこからは、自分が小さいころ~思春期までで何が好きだったか、

色んなことが思い出されました。


臨機応変に人と話すのは苦手なこと、

でも人と一対一で落ち着いて話すは好きなこと・・・

翻訳の授業で英訳の文章は毎回褒めてもらっていたこと・・

ずっと本と向き合っていることは何時間でも疲れないこと、

小さいころからおしゃれをすることが好きだったこと・・


自分と生まれて初めて、きちんと向き合う日々が始まりました。

答えは自分の中にあった


そのような形で、息子と接しながら、自分を見つめなおす日々は、私にとって最高にエキサイティングでした。

Xなどを見ていると、子育てに対して大変な投稿ばかりが目につくこともあり、

それはその通り、大変なことも多々ありますが、

私は自分自身に向き合うきっかけと時間をもらえたことが本当にありがたいことだと感じています。

息子と出会えて、新しい自分とも出会えたので、本当に子どもを産んで良かったなというのが今の率直な考えです。


そして現在私は今、一時仕事を中断し、

育児をしながらコーチングを受けています。大学時代から尊敬している信頼できる知人がコーチング事業を始めたため、

私の「これからの人生を考える」という大きなテーマに付き合ってもらっています。


コーチングというのは対話を通して、自分自身と向き合う旅のようなものだと私は感じています。

コーチングと育児を通して、

私は「自分が本当にやりたいことは何か?」「どのように人生を生きてい行きたいか?」という幸せな人生を送るために恐らく最も自分が気づかなければならないことに段々と気づくことができています。

これが見えてきてから、私の精神は本当に安定したように思います。

今は、毎日がとてもワクワクしており、心から楽しいと思える瞬間がたくさんあります。

未来に怯えていた数年前の自分に、自分の心にきちんと向き合うことがどれほど大切かどうかを教えてあげたいなと思うくらいです。


一連の流れを経て、私は「すべては自分の中に答えがある」ということを痛感しました。


妊娠出産をするまでの私は、「頑張ること」が正しいとずっと思っていました。

本当はやってみたいことがあったのに、「努力すること」「世間的に見て正しいとされる方向に進むこと」ばかり大切にしてしまい、

自分の気持ちを蔑ろにしました。

例えば、青春を勉学に費やし、難関大学に合格するために寝ているとき以外は食事の際も勉強をして、

最難関と呼ばれる大学に合格しましたが、その事実だけでは全く幸せになれませんでした。

寧ろ、勉強しかしておらずコミュニケーションを学んでこなかったこともあり、

ファーストキャリアで官公庁に努めましたが、鬱病になりました。


そこからは自分のキャリアを立て直そうと思い、ベンチャーを経て、後に所謂大手企業と呼ばれる会社に入社しましたが、

結局自分が何をやりたいかどうかが分からないままお金のために働くことは全くワクワクしませんでした。


経済的な安定のために今後も同じキャリアを歩むつもりでしたが、

妊娠出産で私の価値観は一変します。

入院中、初めて意識が朦朧としたこと、

母子ともに危険だと言われたこと、

また、息子が文字通り生死の境をさまよいながらも「生」に向かって頑張ってくれたこと

半年の間の鮮烈な出来事を経て、

「自分が本当にしたいと思うことをしたい」「自分に嘘をついて生きていきたくない」

と本気で思いました。

そう思ってから、先ほどのようにコーチングや、ノートに自分自身で向き合う時間を経て、

また、色んな仕事などを手伝ってみて、自分が本当は何をしていきたいかがわかってきました。

それは、やっぱり幼いころから自分が好きだったことだったり、しなくてはいられないことでした。

全ては自分の中に答えがあったんです。


もう30代ですが、

されど30代。

名著『LIFESHIFT』にもあるように、人生100年時代なので、

自分に正直になるのは何歳だっていいのだと思っています。

これからの人生に私はとてもワクワクしているし、周りの頑張っているママさんもそうであればいいなと心から願ってやみません。
※日本の女性は頑張りすぎだよなあといつも思っています。


これを読んでくださった方の気持ちが少しでも明るくなりますように。

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